2008年8月29日 (金曜日)

蜂の巣

ヘクソカズラ

あちこちで集中豪雨となり被害が出ているようですが、ここ千葉でも雷雨の日が続きます。先程、晴れ間が出たので買い物に行ったら、帰りはどしゃ降りの雨に遭いました。

2階のベランダ横にBS/CS放送のパラボラ・アンテナを取り付けているのですが、そのお椀の後ろにアシナガバチが巣を作りました。(虫嫌いの方は続きは見ない方がいいかも)

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2008年8月23日 (土曜日)

MovableType4.21導入

道の駅もてぎ

取り敢えずはテンプレートはそのままに、MovableType4.21にアップグレードを完了しました。見た目は全く変わりませんが。

そしていくつか問題が残りました。

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2008年8月20日 (水曜日)

バージョンアップを行います

道の駅もてぎ

MovableType4.2がこの14日から配布を開始されました。昨年末にこのブログを開始した時が4.01、その後、4.1、4.12、4.14、ときて今度4.2に上がります。4.1の時はテンプレートをいじることが無かったので比較的すんなりと行ったのですが、今回はPLUGINのバージョンアップやらテンプレートの再構成を行いますので、私としては結構大掛かりな作業となりそうです。
その為長期間に亙り数ステップに分けてバージョンアップを行う予定です。

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2008年8月17日 (日曜日)

猛暑と豪雨の帰省

ツユクサ

先週後半はお盆で帰省していました。初盆の親戚・知人宅を廻るなどして、用事を済ませたら那須・塩原辺りに撮影に出かけようと予定していたのですが、当てにしていた17/18日が台風の発生やら前線の南下で雨の予報に変わってしまい登山を諦めて早々の帰宅となりました。

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2008年8月 9日 (土曜日)

一転してバラマキ

蔦

庶民には何のおこぼれも無かった戦後最長の景気が陰りを見せてきた。小泉改革も道中半だというのに、福田改造内閣は総選挙向けにバラマキに転じるようだ。公明党幹部も「バラマキをやるんだ」と息巻いているようだし、「上げ潮派」を外した自民党もその勢いが増しているという。庶民に犠牲を強いた小泉改革は一体何だったのだろう。

知床という大観光地を間近にしながら、「観光客の誘致は行いません」と北海道清里町の橋場博町長は静かに語り始めた。無節操な観光客誘致作戦に汲々としている向きの胸に、ぐさりと刺さる矢のような言葉ではないか。  かといって、観光業を軽視しているわけではない。ほかに大事あってのこと。それこそが、農業である。  この清里町は、前回まで紹介してきたお隣の小清水町と同様に、揺るぎない農業国なのだ。

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2008年8月 7日 (木曜日)

秋立ちぬ

立秋

残暑お見舞い申し上げます。
今日の昼12時頃に立秋を迎えました。とは言ってもこの暑さ。とても、とても、秋とはねー。

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2008年8月 6日 (水曜日)

あれから14年

ヨメナ

松本サリン事件から14年も経った。神がかりとなった宗教の恐ろしさを見せ付けた事件であったが、警察の誤認逮捕、マスコミの持つ問題点をも併せて明るみに出した事件だった。
河野澄子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。と同時に義行氏の蒙ったご苦労や冷静で真摯な対応、社会への警鐘が忘れ去られることの無いようメディアの再考を望みます。

1994年6月に起きた松本サリン事件の第1通報者、河野義行さん(58)(長野県松本市北深志)の妻で、サリン中毒の後遺症で意識不明の状態が続いていた澄子さんが5日午前3時4分、長野県松本市の松本協立病院で亡くなった。 60歳だった。

午前6時半、レースのついたピンクのパジャマに身を包んだ澄子さんの遺体は義行さんに付き添われて、松本市内の病院から同市北深志の自宅に到着した。「やっと帰れたね。わが家だよ」と義行さん。部屋に入ると、バッハの「ロ短調ミサ曲」のCDをかけた。澄子さんを送る時に流す曲と決めていた。 東京から駆けつけた長男(29)は義行さんに「ありがとう」と言い、長女(30)は澄子さんの死に顔に「今にも目を開きそう」と驚いたという。

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