2012年3月30日 (金曜日)

荒れ気味の天気

沈丁花見頃の沈丁花 2012.03.30撮影

今朝は昨日までと打って変わって全天が雲に覆われヒュ~、ヒュ~と風が不気味な泣き声をあげて天気は荒れ気味です。玄関を出ると軒先に置いた自転車が倒れてました。

そんな強風の中でも梅や桜は小刻みに枝を揺らすだけで風を受け流しています。花をつけるこの時期、葉がない分抵抗が少ないようです。

沈丁花リボン 2012.03.27撮影

裏庭の沈丁花が丁度見頃になってきました。適度に開いた白い花、閉じた真っ赤な蕾、鮮やかな緑の額片で構成される花が目立たないダークグリーンの葉っぱの中に浮かび上がっています。

沈丁花小っちゃな蕊を覗かせて 2012.03.30撮影

隣家との境となる裏庭ですが今日の強い風では揺れに揺れます。風が弱まるのを待ってバチバチ連射。被写体ボケのないものを選んでの現像です。

沈丁花咲き揃う沈丁花 2012.03.30撮影

最近のデジタル・カメラは高感度性能が高くなってノイズが少なくなりました。こんな状況の中でも手持ちで撮影できるのは有り難いですね。

話は変わって最近の憂鬱さの種の一つです。北海道を除くと稼働中の原発は一つも無くなりました。夏のピークを心配する向きもありますが一冬越えてそれなりの覚悟をすれば原発無くても何とか成るような現況です。一方、震災から1年経って福島の住民にとっては不快な主張が激しさを増しています。主張される方は自分の正義を確信しているのでしょうが、一番の被害者である福島の方々の理解を得られない状況では脱原発の声も萎んでしまいます。政府や産業界は原発を推進したいに違いありませんからそれを止めるには世論の形成しかありません。自分の正義、正しさを主張するあまり逆に原発推進に手を貸すようなやり方には首を傾げます。国のリーダーたちを除けば一般には素直に原発を不安視してる人が多いと思いますが、世論が分断されてしまえば”自分だけは”、そして”寄らば大樹”に流されてしまうでしょう。

 脱原発・反原発を唱える立場からすれば、放射能の恐怖が切実であればそれだけ、運動が展開しやすいという事情はあるのだろう。
 私自身、原発は廃止すべきだと考えているし、その意味では、脱原発のために有利なデータは歓迎したいと考える。
 でも、福島の被害が巨大であってほしいとは思わない。それとこれとは別だ。交差点に信号機を設置してほしい旨を訴えることと、そのために人身事故が起こってほしいと考えることは別だ。

事故後の素直な反原発の思いが世論の形成に結び付かず時間の経過と共にバラバラに成って行くように思えてなりません。その原因に反原発のリーダーたちの言動が大きく作用しているとしたら大きな禍根となるでしょう。安保後の左翼運動の二の舞にはしたくはない、それよりもっともっと身近な生活と健康そして類稀な美しい日本の自然を残せるかどうかが係わっているのだから。
情報の受け手となる私もセンセーショナルな話に飛びつかず腹を据えましょか。もう直ぐ桜の季節、今年は茨城北部から福島南部と廻ってみましょうか。

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